大腸のエネルギー源 短鎖脂肪酸
短鎖脂肪酸とは
脂肪酸とは、油脂を構成する成分の一つです。
脂肪酸には、炭素(C)・水素(H)・酸素(O)の3種類の元素が含まれています。炭素・水素・酸素で作られるカルボキシル基(COOH)に、複数の炭素(C)が鎖状に繋がった化学構造をして構成しています。そのうち単素数が6個以下の短いものが、短鎖脂肪酸です。
直接、油としてとるものではなく、短鎖脂肪酸は腸内にいる有用な働きをする善玉菌が、食べ物からとりいれた食物繊維やオリゴ糖を餌として利用することで産生される脂肪酸です。腸内環境の活性化に役立つと考えられています。
短鎖脂肪酸の種類と働き
短鎖脂肪酸(Short-Chain Fatty Acids)には3つの種類があります。
酢酸、プロピオン酸、酪酸があり、それぞれが健康によい働きをすることがわかっています。
酢酸(acetic acid)
「侵入したウイルスや細菌の排除をサポート」
日本人の腸内で最も多いのが酢酸。お酢などに含まれていますが、食品でとっても小腸で吸収され大腸には届かず、腸内の酢酸は増やせません。腸内にある酢酸は、ほとんど腸内細菌が産生したものです。
酢酸は、体内の余分な脂肪を蓄えている細胞、白色脂肪細胞で作用します。
白色脂肪細胞には酢酸を感知するセンサーがあり、このセンサーが酢酸を感知すると、脂肪細胞に過剰なエネルギーが取り込まれるのをブロックし、脂肪の蓄積を抑制します。
他にも、大腸の運動を刺激する作用や腸からウイルスや細菌が入らないようにバリア機能を強固にする作用、腸の粘膜にできた傷の修復を早め炎症を抑える作用も報告されています。
体には、体内に入ってきたウイルスや細菌などの外敵から体を守るために働く免疫システムがあります。
そのひとつが免疫グロブリンです。
外敵が体に入ると、敵を攻撃するための武器(抗体)の働きを持つ5種類のタンパク質、IgA、IgG、IgE、IgM、IgDなどが働きます。中でもIgAは、腸管に身体全体の60%以上が存在していて、腸粘膜の表面に存在するウイルスや細菌などの病原体と結合し、その毒素を中和して体内への侵入を防いでくれます。
酢酸は、そのIgAの産生を促進し、大腸へ病原体が侵入するのを防いでいます。
酢酸によって免疫システムはパワーUPされます。
・腸管のぜん動運動のエネルギー源となる。
・大腸粘膜の血流を増やす。
・腸管内を酸性にして悪玉菌を住みにくい環境にする。
プロピオン酸(propionic acid)
「元気な腸粘膜を維持して、腸のバリア機能を高める」
プロピオン酸は、まだまだ研究途上にある短鎖脂肪酸の一つです。
心肥大や線維化の予防、血管機能障害の抑制、大腸炎症の改善など、腸をこえて全身に様々な健康効果を及ぼしていることが明らかになりつつあります。
マウスの研究ですが、授乳期にプロピオン酸を含む飲料水を飲ませたマウスの母親から生まれた子マウスは、成長後に気管支喘息の病態の一つであるアレルギー性気道炎症が抑制されていました。
この結果から、プロピオン酸は腸管内の疾患だけでなくアレルギー性疾患などの腸管外の疾患とも深く関係する成分と考えられています。
また、最近のマウスによる研究では、妊娠中の母親の腸内で作られるプロピオン酸が、生まれてくる子マウスの肥満を抑制するという結果が得られ、注目されました。
人では、気管支喘息を発症した生後1カ月の赤ちゃんの糞便中には、プロピオン酸濃度が低下していたことが明らかになっています。
自己免疫疾患の一つである多発性硬化症(視力や感覚の障害、運動麻痺など様々な神経症状が繰り返し出る難病)の患者さんには、便や血液中のプロピオン酸が少なく、プロピオン酸を投与することで症状が軽減するという研究論文がヨーロッパで発表されています。
・血液中のコレステロールを減らす。
・アレルギーを抑える作用がある。
・食欲を抑えてくれる作用がある。
酪酸(butyric acid)
「免疫のバランスをとり、アレルギーを抑える」
最も注目を集めているのが酪酸です。
酪酸が含まれる食品は、独特の匂いがあり、ぬか漬けや臭豆腐と限られているので、食事から直接摂取するのは難しいようです。
また酪酸そのものを摂取しても胃や小腸で吸収されてしまいます。
酪酸は、大腸の主要なエネルギー源として腸の正常な働きを支えています。
大腸の大腸粘膜上皮細胞は、古くなった粘膜は剥がれ落ちて、新しい粘膜細胞を作って入れ替わり新陳代謝を繰り返しています。酪酸は、その新陳代謝のためのエネルギー産生に使われています。
そればかりでなく、大腸の腸管内壁の表面を覆い細菌などの侵入を防ぐ粘液の分泌を促し、腸管内壁表面をコーティングして、便や細菌が直接腸に触れないようにスムーズな排泄を保ってくれています。
大腸の表面にある上皮細胞に働きかけることで免疫力を高めたり、大腸の炎症を抑えたりする働きがあります。
免疫は、体を外敵などから守るために必要なものですが、過剰に働き過ぎるとアレルギーや自己免疫疾患(自分の体を守るために働く免疫組織が、自身の体の一部を攻撃してしまう病気)を発症し、体に害を与えてしまいます。
こうした病気は、免疫細胞の仲間のT細胞が、誤って自分の身体を攻撃してしまうことで発症します。
T細胞の暴走を抑えて調整する役割は、制御性T細胞にあります。
酪酸には、制御性T細胞を増やす働きがあり、免疫細胞のバランスをとり、自己免疫疾患だけでなく、アレルギーや炎症など、体に好ましくない免疫応答を抑えてくれます。
炎症性腸疾患、2型糖尿病、関節リウマチなどの自己免疫疾患、肥満、心血管疾患を始めとする様々な疾患患者の糞便中で、酪酸産生菌の減少が共通して認められています。
しかし、 100歳を超える健康長寿者の町内では酪酸を作る菌が多く存在することがわかり、長寿のカギは酪酸にあることも報告されています。
そして、酪酸は、活動している時に働く自律神経の交感神経に作用します。
交感神経のセンサーは血液中の酪酸を感知すると心拍数や体温を上昇させ、エネルギー消費を高めます。
・腸管のぜん動運動のエネルギー源となる。
・大腸の粘膜上皮細胞のエネルギー源となり、大腸粘膜の免疫力を上げる。
・炎症やアレルギーを抑えてくれる制御性T細胞を増やしてくれる。
・消化管の術後治癒を促進する作用がある。
・大腸がん抑制作用がある。
短鎖脂肪酸の働き まとめ
生成された短鎖脂肪酸(酪酸)の大部分は大腸粘膜組織から吸収され、上皮細胞の増殖や粘液の分泌、水やミネラルの吸収のためのエネルギー源として利用されます。また、一部(酢酸やプロピオン酸)は血液から全身に運ばれ、肝臓や筋肉、腎臓などの組織でエネルギー源や脂肪を合成する材料として利用されます。
短鎖脂肪酸を増やす方法
健康な人の腸内では、十分な量の短鎖脂肪酸を腸内細菌が産生しています。
しかし、病気や体調不良になると、腸内環境が乱れて短鎖脂肪酸の産生量が減少する場合があります。
腸内で短鎖脂肪酸を増やすことは、腸内細菌を元気にし、健康を作ります。
短鎖脂肪酸を増やすためには、2つの方法を組み合わせることをおすすめします。
① 水溶性食物繊維やオリゴ糖をとる
短鎖脂肪酸は、腸内にいる善玉菌が、水溶性食物繊維やオリゴ糖類など、大腸で消化しにくい物をエサとし、発酵、分解し、増殖する過程で生み出されます。
●水溶性食物繊維
腸内細菌のエサになり、善玉菌を増やし、発酵・分解されて作られた短鎖脂肪酸が腸内環境を整える。コレステロールや糖の吸収を抑制する働きも期待できる。
多く含まれている食品
・大麦(アラビノキシラン、β-グルカン)
・玉ねぎ、大根、ごぼう(イヌリン)、にんにく、らっきょう、エシャロット(フルクタン)などの野菜類
・キウイ、パパイヤなどの果物類 (ペクチン)
・わかめ、こんぶなどの海藻類(アルギン酸)
· 金時豆、大豆、小豆、ひよこ豆などの豆類(難消化性オリゴ糖)
●オリゴ糖
腸内細菌のエサになり、善玉菌を増やす。
短鎖脂肪酸の産生、排便回数増加、
糖尿病予防作用と肥満抑制作用などの働きも期待できる。
多く含まれている食品
・玉ねぎ
・にんにく
・バナナ
・はちみつ
●レジスタントスターチ
デンプンでであるけれども小腸で吸収されず、エネルギーになりにくい食物繊維。
大腸まで届き善玉菌を増やし便秘改善、血中コレステロール・中性脂肪の減少、血糖値の急上昇を抑制する効果が期待できる。
炭水化物に含まれるレジスタントスターチには、多くの場合「冷ますと増える」性質がある。
多く含まれている食品
・インゲン豆、サトイモ、サツマイモなどの豆類、芋類
・おにぎり(ご飯の冷めた状態)
・冷たいそば、うどん、そうめん
・トーストしていないパン
・ポテトサラダ(冷えたじゃがいも)
・冷やし焼き芋
② 善玉菌の多い食べ物をとる
人に有益な作用をもたらすビフィズス菌や乳酸菌などの善玉菌を多く含む食品を積極的にとることで、腸内細菌のバランスが良くなり、短鎖脂肪酸が生成されます。(ビフィズス菌は、酢酸を生成しますが、その酢酸を元に酪酸産生菌は増殖し、その代謝を経て酪酸を作るため、酪酸の生成にも貢献しています。)
ただし、食品からとり入れた善玉菌は、ある程度の期間は腸内に存在しますが、棲み着くことはなりません。
多く含まれている食品
・ヨーグルト
・乳酸菌飲料
・納豆
・漬物
・味噌
短鎖脂肪酸を増やすためには、この2つの方法を組み合わせることがポイントです。
腸内に生息している菌のエサとなる食物繊維を十分に摂取し、善玉菌の多い発酵食品をとり、良い働きをする善玉菌を育てることが大切です。そうすれば、腸内細菌が短鎖脂肪酸を作ることができます。
種類ごとに異なる働きをする短鎖脂肪酸ですが、特定の短鎖脂肪酸だけを増やすことはできません。1種類の腸内細菌が複数の短鎖脂肪酸を産生することもあり、特定の短鎖脂肪酸だけを作るようにコントロールすることは容易ではありません。
また、腸内細菌の種類によってエサとして利用しやすい食物繊維は異なるため、できるだけ多様な食品から食物繊維を摂取するように心がけましょう。